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「見守りましょう」と言われたけれど、いつまで?——待つ支援と動く支援
不登校
/ りたのわ
スクールカウンセラーにも、相談窓口でも「今は見守りましょう」と言われた。それから3ヶ月。部屋から出てこない子を見ながら、ふと不安になる——この「見守り」、いつまでなんだろう。何もしていないだけなのでは。
この感覚、とても大事なところを突いています。「見守る」は、支援の言葉の中でいちばん誤解されやすい言葉だからです。
「見守る」と「放置」は違います
見守りが必要な時期は、確かにあります。学校に行けなくなった直後は、本人のエネルギーが底をついていて、何を提案しても入りません。この時期に登校刺激や「これからどうするの」の問いかけを重ねると、回復がかえって遅れます。だから「まず休ませて、見守る」は正しいのです。
ただし、見守りには中身があります。安心できる家の空気をつくる。食事と睡眠を整える。責めない。会話の糸口(あいさつ、ごはん、雑談)は絶やさない。これは「何もしない」ではなく、積極的な充電環境の維持です。
動くべきサイン
一方で、「見守り」の名のもとに時間だけが過ぎてしまうケースもあります。次のようなサインがあれば、見守りの継続ではなく、支援の形を変えるタイミングです。
食事の量が明らかに減り続けている。昼夜逆転が数ヶ月固定している。入浴や着替えをしなくなった。家族との会話が完全に途絶えた。死にたい、消えたいという言葉が出る。自室から一歩も出ない状態が長く続く——こうした状態は、エネルギーの充電中というより、こころの不調が深まっているサインの可能性があります。
このときの「動く」は、本人を動かすことではありません。支援の側が動くのです。ご家族だけで抱えず、医療や訪問型の支援につなぐ。本人が外に出られないなら、外から来てもらう。
「順調な見守り」の目安
逆に、家で安心して過ごせるようになり、表情が緩み、好きなことを再開し、家族との雑談が増え、退屈を口にし始めたら——それは充電が進んでいる証拠です。「暇だな」は回復のサインとして、支援の世界ではけっこう信頼されています。焦らず、本人発の「そろそろ」を待てる位置にいてください。
見守りの伴走者がいると、待てます
見守りがつらいのは、正解かどうか誰も教えてくれないまま、ひとりで待ち続けることです。りたのわの訪問看護は、定期的にご自宅に伺って「今は順調な充電か、それとも支援を変えるべきか」を医療の目で一緒に見立てます。見守る係を、ご家族だけにしません。ご相談はこちら。