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五月雨登校というサイン——行けたり行けなかったりが続くとき
不登校
/ りたのわ
月曜は行けた。よかった、峠は越えたかもしれない。火曜の朝、また玄関で止まってしまった。水曜は行けた。木曜は保健室まで。金曜は布団から出られなかった——雨が降ったりやんだりするように登校が途切れることから、この状態は「五月雨登校」と呼ばれます。
親の心がいちばん揺れる時期です
完全に休んでいる時期より、五月雨の時期のほうがつらい、と話すご家族は多いです。理由ははっきりしていて、希望と落胆を毎日繰り返すからです。行けた日は「このまま戻れるかも」と期待し、行けない日は「昨日は行けたのに、なぜ」と落ち込む。この感情のジェットコースターを、毎朝乗り続けることになります。
まずお伝えしたいのは、行けた日と行けない日があるのは「気まぐれ」ではない、ということです。
「行けた日」は、無料ではありません
エネルギーの残量で考えると、五月雨登校の見え方が変わります。行けた日は、調子が良かったのではなく、残り少ないエネルギーを振り絞った日です。だから翌日は電池切れで動けない。むしろ「行けた翌日に行けない」のは、収支としては自然な現象です。
ここを誤解すると、「昨日行けたんだから今日も行けるでしょう」という声かけになってしまいます。本人からすると、全財産をはたいた翌日に「昨日は買えたのに」と言われているようなものです。
この時期の関わり方
行けた日に、盛大に喜びすぎないこと。意外に思われるかもしれませんが、大事なポイントです。親の喜びが大きいほど、子どもは「行けない日の親の落胆」も同じ大きさで感じ取ります。行けた日は「おかえり」くらいの平熱で迎えて、行けない日も同じ平熱でいる。この「どちらでも家の温度が変わらない」状態が、子どもの安心になります。
そして、休む日を計画に組み込むという発想もあります。「週5日全部」を目指して毎朝ギャンブルをするより、「今週は水曜を休養日にしよう」と先に決めてしまう。エネルギー切れで倒れる前に、計画的に充電するわけです。学校と相談すれば、こうした調整に応じてくれることは珍しくありません。
体のサインも見てあげてください
五月雨登校の背景に、起立性調節障害のような体の病気が隠れていることがあります。朝だけ具合が悪く、午後は元気——というパターンが続くなら、一度、医療の目でみる価値があります。
りたのわの訪問看護は、この「行けたり行けなかったり」の時期の伴走を得意にしています。毎朝の判断をご家族だけで抱えない体制づくりから、一緒に考えます。